「えっ。すべてキャンセル!?」
2020年冬、フランスの旅行代理店に転職して1年が経ち、10年ぶりに行ったパリで一息ついていた時のこと。
メールを開くと次々にフランス語ガイドのキャンセルの連絡。ぼくはその時SNSからの集客を増やそうと独立したばかりであった。 1月のパリは凍える程寒かったが、ぼくの背中には大量の汗がにじんでいた。
毎日のようにフランス語ガイドの仕事のキャンセル依頼が入り青ざめた。 3月に京都に帰ると、全て埋まっていたはずの予定が3日間のみ。これから家賃はどう払っていこうか、生活費はどうしていこうか、不安がドッと押し寄せた。
独立前の貯蓄でしのいでいくこと以外、他に方法はない。急に目の前が真っ暗になった。
大学を卒業し5年半の間、日系企業で勤務。いつかフランス語を使った仕事をしてみたいと願っていた。仕事終わりや休みの日は必死にフランス語を勉強し、フランス人とのコネクションも作ってきた。
ようやく夢が叶ったと思っていた矢先の出来事であった。
2019年はインバウンドが活況し、毎日のようにガイドの依頼が来ていた。2020年の東京オリンピックに向けて、さらに忙しくなっていくだろうとみんなが思っていたのではないだろうか。
こんな僕でもフランス語を使った仕事で生きていけるんだと浮かれていたことに絶望。やはり人生は思い通りにはいかない。
「気持ちを切り替えるしかない!!」
落ち込んでいても前に進むことはないので、次にいくしかないと無理やり気持ちを切り替えた。 それからは、やってみたいと思っていたことをリスト化し、ひとつずつそのTO DOリストを塗りつぶしていった。
今までやってきたことと違うことをすると視野が広がり、より多くのものが見えると考えた。 アルバイトを含め今までやったことがなく、少しでも興味のあったことすべてに手を出していった。
奈良で遺跡を発掘するアルバイトや野菜農家さんでアルバイトをしたり、家の近くに畑を借りて自分で野菜を育てたりもした。週末は朝4時に起きてパン職人のアルバイトもした。眠い目を擦りながら、真っ暗な道のりを自転車で通ったことを今でも昨日のことのように鮮明に思い出す。
同時にサラリーマンのときからいつか独立したいと思い、Twitterをしていたので、いろいろな企業さんへ「SNSを運用させていただけませんか?」とお願いした。すると、5社以上もの会社からSNS運用の仕事をいただき、そのうちの何社かは今も継続的に仕事をいただいている。
そして、Twitterを通してフランス語のレッスンに挑戦してみたいと問いかけたところたくさんの方から連絡をいただき、感動した。 また、失敗に終わってしまったが、動画や写真も勉強し、たくさんの場所に撮影にも行った。
コロナ禍では、このようにさまざまなことに手をだして視野を広げようとした。どうすれば今が無駄にならないか、必死に考えて行動した。
ここでぼくが発見したことは人は優しいということ。一生懸命な人の周りには助けてくれる人が集まる。 そんな貴重な経験ができたのかもしれない。(ここに書いた以外にもたくさんの方に助けていただいた。)
「待ちに待った開国!!」
2022年10月11日、日本が国境を開いた。インバウンド事業を営んでいる人にとっては待ち侘びていたビックニュースだったでしょう。 そしてぼくにも、2020年3月以来、約2年半ぶりにフランス語ガイドの仕事が舞い込んだ。
「大変だったね。」「これからまたたくさん仕事が入るね。」と以前に観光地で知り合った方々から奨励の言葉。こんなに嬉しかったことはない。
しかしながら2019年のピーク時と比較すると、まだ10%程の外国人観光客しか日本に来られていないという。 2年半の時を超え、ようやくまた立てたスタートライン。
コロナ禍のおかげで巡り合った縁を大切にし、一生懸命であり、もらった優しさを少しでも返していけるよう人生を歩んでいきたい。
もしガイドの仕事がしてみたい方やフランス語を一緒に勉強してみたい方がいらっしゃれば、いつでも連絡ください。【初回30分無料相談受付中】